バルーン電報情報を活用しよう
私ぐらいの中年の年齢になると社会の流れや時代の動きがやたら速く感じられるようだ。
そうなると今の若い人達が普通に使っている道具はパソコン然り、携帯電話、スマートフォン然り、便利ではあるが情緒を感じることの出来ないただの道具になってしまう事が多く、残念な気がする。
通信が早く出来るのはいい事に違いはないが、どうも早さは情緒を削ぐものなのかも知れない。
電報と聞いて初めに思ったのはその事だった。
私が幼いころ住んでいたのが田舎だった事もあり、近所に電話のある家は本当に少なかった。
電話のある家は近所の緊急時の連絡先になっている事は当たり前だった。
そんな具合だから電話なんてよっぽどでなければかけないし、かかって来ない。
その代わりに活躍していたのが電報だ。
レン、タムは「連絡頼む」という事だ。
一文字いくらという事で簡潔化されたのだろう、大人しか分からないような言葉が電報の言葉だと思っていた。
緊急時のレンタムの類なら情緒は全く関係はないが、私の頭の中にある情緒の筆頭は合格電報だ。
もうかれこれ40年近くも前の事、大学受験の当日の門前は在校生がお手製の看板を引っ提げて、まるでお祭りのようだった。
「合格電報いかがですか。
」なんて声が飛び交っている中を緊張顔の受験生が通る。
地方出身の受験生は合格発表まで東京にいられない人が多い、そこでその合格電報をお願いするわけだ。
その言葉も大学によって個性がある。
「桜咲く」等は普通なのだろうが、水産系の大学は「クジラ飛ぶ」なんてのも聞いたことがある。
不合格なら「波高し」とか、奈良の方では大仏云々という大学もあったらしい。
電話だってよい筈だが、合格電話ではなかったのだ。
そのこだわりにとても情緒を感じる。
もしかしてこだわり等ではなく、電話口で落胆する様子を感じるのは辛すぎるからなのかも知れない。
しかし、見ず知らずの人の落胆に心揺さぶられるというのも、また何という人間味溢れた豊かな感性だろうと思う。
今はネットの合格発表なんてこともあるのだろうか。
電報のようなアナログな、情緒のある合格発表が懐かしいものだ。
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